介護生活6年目の感想

介護生活6年目の私 リハビリ
介護生活6年目の私

妻が脳出血で突然倒れてから2023年10月末でちょうど6年になる。介護生活6年目の私をアイキャッチの画像として掲げ,6年目の思いを紹介する。

6年前に救急搬送された病院で「ベストは尽くすけど,助かった方がいいのかどうかよく考えて下さい。助かったとしても,しゃべることはできず,室内でも電動車椅子での生活になる」と言われながらも,妻はリハビリを続けて,何とか最低限(小学校低学年のレベルまたはそれ以下)の会話ができるようになり,装具/サポータの装着なしに杖をついたり,歩行器を使ったりしながら,数100メートルは歩けるようになった。

2018年1月末に,回復期のリハビリを受けていた病院を退院(妻が鬱状態になって,病院ではリハビリを続けられなくなり「あとはご主人が看てください」と言われて退院)してからは,自宅で療養を続けてきた。退院直後の3ヶ月間はリハビリクリニックに通って医療保険による理学療法と言語療法のリハビリを受け,それ以降は介護保険による訪問リハビリ(言語療法,作業療法,言語療法)を受け続けている。

妻の自宅での療養が始まってからは,私はそれまで行ってきた委員会活動や学会活動を何とか継続しようとオンラインでの参加を試みた。しかしオンライン参加中も妻への対応は必要で,結局すべての対外活動を止めざる得なくなり,多くの関係者の皆様にご迷惑をおかけすることなった。それと共に多くの方々から励ましと並々ならぬご支援を賜り,感謝に堪えない。

一人で介護を行っている私に対して,介護の人を頼むとか施設を利用してはどうかとのサジェションを何度かいただいた。私も関係者に相談してみたが,言語で意思表示できない(構文障害のため発話,筆記,ジェスチャのいずれでも意思表示できない)患者に対しては,責任がもてないとのことで適切なサポートは得られなかった。訪問リハビリの言語聴覚士さんすら,妻との会話には私に通訳を求めてくることがある。妻も慣れた人以外との接触は避けたがり(これは高次脳機能障害の患者にはよくあることらしい),私だけによる「老障介護」を余儀なくされた。

最近,老障介護という言葉があることを知った。その定義は「高齢の親が障がいのある子どもの介護をし続けること」となっているが,「高齢者が障がいのある配偶者の介護をし続けること」も含めてもよさそうに思える。

後期高齢者になった私が一級身体障害者の妻を介護していて分かったことは,やはり私に体力的・精神的な限界があることであり,妻には不便と我慢を感じさせ,それによって回復の遅れがでているのではないかと懸念している。この6年間,私ぱ超ハードな介護の引き籠り生活を1日も休むことなく続けてきたが,最近体力的に限界を感じることが多くなってきた。あと何年続けられるか,あまり自信がない。

もちろん自身の健康管理には,それなりに配慮はしている。脳出血後遺症からの回復過程で妻が「筋肉痛はその後も多少様子を変えながら続き,それに並行して,指の動きや関節の動きはよくなり,歩行姿勢の向上も見られる」状態になってから,彼女の食欲が高まっている。夕食後数時間経つと,「腹が減った」と言うので,予めコンビニで買っておいたパンなどを夫婦揃って食べるようにしているが,彼女の体重の増加は見られない。以前に彼女が骨折した後に示した食欲増加の「症状」とよく似ている。

夜食のパンを夫婦揃って食べる

夫婦揃って食べながら,私の体重の増加も見られない。私については,老化による体重減少がこの夜食によって補償されているような気がする。

介護保険は,介護対象者に対してはいろいろ配慮されているが,介護を行う同居家族はスコープ外のようで,家族の負担軽減のスキームが望まれる。(2023-10-22)


「40年介護した妻を車いすごと突き落とす夫に懲役3年の実刑判決」のNHKの記事(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230718/k10014134231000.html)を読んで,ウーン,脳梗塞の妻を介護して40年かァ! 脱帽。その40年間には,いろいろあったんだろうな。

介護生活6年目の私には,早く介護のない生活に戻りたいという希望があるが,40年間も介護生活を続けると,そういう希望をもつというフツーの人の精神状態ではなくなっているのではないかな。そういう精神状態では,フツーの人を代表する,そして法的にリーズナブルであろう裁判長の判決もコメントも,「何のこっちゃ」にしか響かなかったのではないかな,などと勝手に思ってしまった。(2023-10-22)

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