星の金貨と中標津
1995年に放送されたテレビドラマ「星の金貨」をTVerで妻が見直している。彼女が最初にそれを見た時は,地元で出会った男のもとに上京して何とか結婚にこぎ着けた彼女自身の経験を,酒井法子が演じる主人公の活動に重ねていたように思われる。今回は,記憶喪失からの回復途上にある自身の経験を,ドラマの中の記憶喪失に重ねて見ているのかもしれない。
ドラマの中で主人公が最初に想いを伝える印象的なシーンの場となった北海道の中標津空港には,2001年6月に夫婦で訪れた(下図はその時の写真)。再度このシーンを見た彼女は「ここ,行ったね」と言って当時の関連する記憶を思い出していた。(2025-03-07)

「星の金貨」の主人公の彩さんの婚約者は外傷により記憶喪失になるが,言語は失ってなく,しゃべることはできる。彩さんは聾唖者でしゃべることはできないが,私の妻が病む構文障害ではないので,手話や筆記等の代替レンダリングによって会話はできる。会話ができないと,ドラマが成り立たない。
妻の言語障害(構文障害)は,7年半かけて何とか小学低学年レベルまでには回復した。この年数を考えると回復というより再学習したと言った方が適切かもしれない。仮名よりも漢字を先に習得するというように,子供の言語学習とは幾分異なるプロセスを辿ってはいるが(「言語のリハビリはキャンツには難解」のページを参照)。
「星の金貨」が放送された年に起きた地下鉄サリン事件について,30年前の事件として回顧するTV番組を見ていた妻が,その事件についてはよく覚えているけど,その時自身がどこに住んでいたかをどうしても思い出せないと言う。記憶喪失からの回復は,「星の金貨」のようにすっきりとはいかないみたい。(2025-03-16)
Y2K問題の縫いぐるみ
Y2K問題(西暦2000年にコンピュータが誤動作する可能性の問題)を記憶されている方は多いと思うが,1999年の秋に「これを買うとY2Kの被害を受けなくてすむ」という宣伝文句で売られていたY2K BUGという名前の縫いぐるみ(下図の写真)が,まだ我が家に置いてあった。

妻の看護をして下さる若い訪問看護師さんがそれを見つけて「これ,可愛いけど何の縫いぐるみですか?」と聞いてきた。それでY2K BUGの説明をしたが,彼女はY2Kという言葉を初めて聞いたみたいだった。彼女の年齢はたぶん20代前半なので,当然かもしれない。その当然さに,私は説明し始めるまで気付かなかった。(2025-03-12)
脳出血後遺症の記憶喪失からの回復途中の妻はそれを聞いて,Y2K BUGという言葉は忘れていたようだったが,縫いぐるみを触りながらしばらく考えてから,その縫いぐるみを買ってきた時のことを思い出した。
縫いぐるみは今なお妻のリハビリに役立っている(「リハビリへの縫いぐるみの利用」のページを参照)。Y2K BUGと他の縫いぐるみ達をアイキャッチの写真に示す。(2025-03-12)
なおこのY2K BUGは,縫いぐるみマニアの妻が買ったのではなく,私が米国で1999年11月に購入した。2000年のコンピュータバグという抽象性の高い概念に姿形を与え,しかも縫ぐるみにして商品化した米国人のしたたかさに親しみ感じ,人間が論理空間上に作り出したこの時限爆弾を可愛らしさに包み込んでその害の回避を祈念する発想を面白いと思ったので。
町内会報とランス大聖堂
町内会報の3月号に,我が家の隣にある廃校となった小学校の校舎を使っているフランス学園でランス(Reims)大聖堂の児童合唱団の演奏会が行われたと書いてあり,演奏会とランス大聖堂の写真が掲載されていた。
私は,こんな廃校の校舎にランスからわざわざ合唱団が来て下さるとは何とも申し訳なかったな,と思ってあまり注視しなかったが,妻はじっと大聖堂の写真に見入っていた。そしてしばらく考えてから,「ここ,行ったね」と言う。(2025-03-15)

そう言えばかなり昔に妻とパリを訪れた際に,少し時間的余裕があったので,列車に乗ってランスまで行き,大聖堂を見てきたことがあった。調べて見たら1998年5月のことだった。こういうきっかけがあると,脳出血後遺症の記憶喪失を病む妻も,かなり昔の記憶を辿れるようになる。(2025-03-15)

