退院後1年近くになると,妻は改造プラスチック装具(「装具/サポータの変遷」のページを参照)の着用に慣れ,杖も四点杖から一本杖に替えて(「杖の変遷」のページを参照),比較的安定して公道を歩けるようになった。その結果,近所のレストランに行ってみたいという気持ちが高まった時期(2018年12月)があった。
しかしその後,右脚の回復が進むと,その状態に合わせて装具/サポータを替え,歩き方も変えていく必要に迫られ,歩行距離をのばして外出することより,日々の右脚の変化に合わせた歩き方を習得することに妻の関心が向うようになり,新型コロナウイルスへの感染予防のためにも,レストランに行くことはなくなった。
2018年12月のはじめに,妻は杖(その時はまだ四点杖)を突き,プラスチック装具を装着して近所のスーパーの入り口まで(自宅玄関から180m)歩けるようになったので,その少し先にある定食屋(自宅玄関から300m)に行ってみた。前年末の妻の発病以来はじめての夫婦での外食であった。とは言っても,妻はすき焼き定食,私は鯖味噌定食という定食屋での簡素な夕食。
妻はまだ箸を使えなかった(「食事への配慮」のページを参照)のでスプーンを出してもらい,店の椅子では不安定なので車椅子に座っての夕食であった。帰路は車椅子を利用した。(2018-12-11)

その日の夜,ベッドで寝ていた妻が突然起き上がり,メモ帳を開いてそこに京都駅付近と思われる荒っぽい地図を描いた。その地図を見ながらいろいろ聞いてみると,駅の近くのベトナム料理の店に行ってみたくなったということが分かった。定食屋に行けたことで,ほかにも行ってみたくなったみたい。「それじゃ,次の日曜に行こうか」と提案したら,定食屋よりは遠い(自宅玄関から1.4km)ことに気付き,そこまで行く自信はなかったようで,もう少し後で行きたいとのことだった。

しばらくして彼女はまた地図を描き始めた。今度はもっと近い五条河原町付近の地図。その付近のタイ料理のレストラン(自宅玄関から360m)とうどん屋(自宅玄関から250m)を思い出したようだった。確かにそこなら定食屋とほぼ同じくらいの距離なので,行き易い。(2018-12-11深夜)
数日後には,一本杖が納品されたので,まだ理学療法士さんからその使い方の指導は受けていなかったが,その杖を突きながら五条河原町のうどん屋に行き,以前から妻が気に入っていたビーフカレーをいただいた。店の入り口の段差の昇り降りが少し怖かったみたい。帰りは雨が降りはじめたので,車椅子を利用。(2018-12-16)

その後,理学療法士さんから一本杖のトレーニングを受け,さらに屋外での歩行自主トレを継続して,近所のドラグストアまで(自宅玄関から160m)車椅子なしで往復できるようになった。(2018-12-23)

次のチャレンジとして,1本杖を突いて前述の定食屋まで再度行ってみた。カットステーキ定食を食べ,帰りは一部だけ車椅子を利用した。この頃からこの程度の歩行で右足の甲が痛くなることがあり,プラスチック装具が適合しなくなっていることが感じられた。(2018-12-24)

その数日後には,妻が以前から行きたがっていた五条河原町付近のタイ料理のレストランに行き,タイ風ソースをかけた魚料理を味わった。この料理は,発病前にも何度かこのレストランで食べたことのある妻のお気に入りのメニューで,これを食べて彼女はすっかり満足した様子であった。このレストランはうどん屋より幾分遠いので,無理はせず往きも帰りも車椅子を利用した。(2018-12-29)


