過去の状況の思い出しとそのサポート

ベランダで陽に当たる先代ネコのキャンディ(廊下に飾られたフレームに入った状態) リハビリ
ベランダで陽に当たる先代ネコのキャンディ(廊下に飾られたフレームに入った状態)

以前の住まいのベランダ

妻は毎日の歩行自主トレの際に,廊下の壁面に飾ってあるフレームに入った先代ネコのキャンディの写真を見て,東京の三田に住んでいた時のベランダであることは分かるが,キャンディが乗っている台がどういうものであったをどうしても思い出せないと言う。フレームに入った状態の写真をアイキャッチに示す。

そのオリジナルは下記のとおりで,確かにキャンディが乗っている台の全貌は分かり難い。「ベランダに出してある鉢植えを置く台(プランタラック)だよ」と説明しても,思い出せない様子。

ベランダで陽に当たる先代ネコのキャンディ
ベランダで陽に当たる先代ネコのキャンディ

それで,同じ時(2005年4月)に撮影した写真を調べて,プランタラックであることがはっきり分かる2枚を探し出し,妻に見せた。この2枚の写真で,彼女は当時住んでいた部屋のベランダをはっきり思い出せた。(2023-08-20)

同じ時に撮られた別の写真1
同じ時に撮られた別の写真1
同じ時に撮られた別の写真2
同じ時に撮られた別の写真2

脳出血で失った記憶を取り戻す作業を継続している妻は,思い出せないことがあると,気になってしょうがないみたい。それも後遺症の一つかもしれない。何を思い出したいのかを聞き出して,適切に情報提供することが,最近私に求められる重要な作業になっている。記憶喪失の患者に対する看病・介護とはこんなものなのかなと思う。(2023-08-20)

私のジャケット

脳出血後遺症の記憶喪失(記憶障害)からの回復途上にある妻は,昨日から以前のいろいろなことを思い出しかかっていて,とにかく確認したいらしい(「リハビリへの縫いぐるみの利用」の節「記憶回復の支援」を参照)。彼女は私のハンガーラックを探して「秋になると着ていたジャケットがあったハズ」と言う。ハンガーラックではなく,タンスの引出しからそれを取り出して彼女に見せた。

それは10年以上前に妻からプレゼントされたもので,珍しく彼女が裁縫してそのスルーポケットをフツーのポケットに改造し,私が使い易いようにしてくれた。どうやら彼女はそのポケットを確認して関連する記憶を辿りたかったみたいで,ジャケットを手に取り,ポケットをチェックしていた。そして彼女が裁縫した時のこと,私がこのポケットを活用した時のことなどを思い出した。

そのジャケットは非常に着易いので,私は毎年愛用していた。その結果今では,襟,袖口,ポケットの内側がボロボロになっている。妻の記憶回復のために,この服を含めていろいろなものをなるべく発病前の状態のままに残しているが,さすがにこのジャケットは損傷が激しく,とりあえず彼女の確認も終わったようなので,そろそろ廃棄してもよさそう。(2023-09-10)

私のジャケット

出身地の地震報道

能登半島地震で何度も繰り返されるテレビの地震報道に,妻は食い入るようにして視聴を続けている。石川県出身の彼女は若い頃,仕事で石川県各地を訪れたことがあり,能登地方の主要な町村はすべて彼女の活動範囲に入っていたらしい。

出身地の地震報道に注目

脳出血後遺症の記憶喪失を患っている彼女にとって,この地震報道は当時の記憶を回復するきっかけとなっている。被災地の映像(下記の画像はウェザーニュースより)が映し出されると,妻は「あそこ知ってる」と言って,地図を広げて場所を確認しながら,関連する記憶を辿ろうとして,テレビの画面に見入っている。

能登半島地震の被災地

能登地方には結婚直後に,彼女のガイドを受けながら私が車を運転して訪れた所もあり,そこの映像に関しては「行ったね」と確認を求められる。(2024-01-07)


妻はその後も能登半島地震の報道に注目している。石川県は捜索や救助活動の円滑化を図るため,住民基本台帳等に基づいて安否不明者の氏名を公表しているが,それをも彼女はレビューしている。そして私と次のような内容の会話を交わした。

今回の地震はちょうど正月と重なったため,住所登録を変更して帰省している者や観光客がかなりいたハズ。彼らの安否不明者ってどうなっているんだろうか? たまたま能登に来ていて津波で流されてしまった人はいないのかな? 松本清張なら,そんなアクシデントを題材にして小説を書くんじゃないか。「揺れて流れた女」なんていうタイトルになるかな。

この地震報道は,妻が石川県に住んでいた頃の記憶を回復するきっかけとなって関連する記憶を辿るだけでなく,さらにそこから展開されるさまざまなことに思いを馳せるサポートとなった。(2024-01-08)

数十年前の結婚報告のはがき

妻にとって作業療法リハビリの自主トレとなっている掃除機を使った身の回りの掃除に,彼女はかなり習熟してきたが,掃除機のハイプが彼女の後ろにある物(または彼女の後ろにいる私)にぶつかりそうになることまでは,まだ配慮する余裕はない。

昨日の掃除中,そのパイプが飾り棚の上に置いてあるフォトフレームにぶつかって,落下させてしまった。破損したフレームは,私が四隅を透明粘着テープで押さえて,とりあえず修復した。(2024-02-02)

結婚報告のはがきが入ったフォトフレーム

このフォトフレームに入っているものは,私達が夫婦になったことをお知らせする数十年前のはがき。手元に1枚だけ残っていたこのはがきを,妻が大切にフォトフレームに入れて飾っていた。脳出血後遺症の言語障害/記憶障害が残る妻が退院してきた直後に,彼女はそれを見て,私達が夫婦であることをはっきり思い出せた。

ローマ浴場跡のお湯

いつものように歩行自主トレとして廊下を歩いていた妻が,廊下の壁面に飾ってあるフレームに入った英国Bath市のローマ浴場跡の絵を見て立ち止まり,以前に夫婦でそこに行ったことを思い出した。しかしその浴場跡にお湯が入っていたかどうかを思い出せない様子。

廊下の壁面に飾ってあるローマ浴場跡の絵

ウェブでは,今でも浴場に湯けむりが立ち上る画像を見ることができるが,我々が訪れた時にどうであったかは,私もはっきり記憶していなかった。そこでその時(1993年5月)撮影した写真を探し出して彼女に見せ,お湯の存在を確認してもらった。彼女はこの写真で,30年ほど前の記憶を辿っていた。(2024-02-10)

我々が訪れた時のローマ浴場跡

脳出血後遺症の記憶障害をリハビリ中の妻は,まだ自身の記憶に全く自信がなく,常に上記のような確認を私に求めてくる。しかしBathのお湯についは,私の記憶も薄らいでいたので,彼女がそれを思い出せなくても必ずしも病気によるものではなさそう。思い出せないことを気にすることが多少病的かも。(2024-02-10)

NHKの大河ドラマを見て

昨夜,NHKの大河ドラマ”光る君へ”を見ていた妻が,その番組の最後に紹介されていた石山寺の映像に反応して「ここ覚えている」と言う。確かに13年ほど前の年末(2010年12月)に彼女と一緒に石山寺を訪れたことがあった。

彼女の記憶喪失からの回復をサポートするため,その時に撮影した約30枚のスナップを見せたところ,5枚くらいについては「そうだった。ここ行ったね」と言ってはっきり思い出したようだったが,それ以外については記憶が曖昧みたい。しかしその時に食べたものや乗った電車などについて,芋づる式に思い出せた様子。(2024-04-15)

妻と私が訪れた時の石山寺

浜松市楽器博物館

4月17日のNHK Eテレの番組ザ・バックヤード「浜松市楽器博物館」を見ていた妻に,昔そこに一緒に行ったことを覚えているか,と尋ねると「分からない」との回答。

浜松市楽器博物館に関する番組を見る

いつものように彼女が脳出血発病前の記憶を辿れるように,その時の写真でも残っているかと調べたが見つからない。しかし1997年7月に浜名湖畔(浜名湖レークサイドプラザ)で開催されたJAIN Consortium 研究会に参加するため,私が彼女を伴って浜松を訪れた時にその博物館に立ち寄ったことは分かった。さすがに27年前のことは思い出せない様子。

彼女にその時の話をしていると,博物館を出てからウナギを食べに行ったことは思い出した。食べ物の記憶は残り易いみたい。(2024-04-17)

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